創作・エッセイ

漢賦の連綿字

 最近、王褒の作品を訳していて思ったのですが、以前から『文選』を読んでいて李善注(初唐の李善がつくった注釈)がどことなく通りが悪いというか、間違っていないのだけど精切でもない……と感じていたものに、“漢代の賦の連綿字”についての解説があって、これがある意味では賦の大事な特徴にかかわっている気がしたので書いてみます。

 まず、連綿字というのは、中国における擬音語・擬態語のようなもので、子音が同じ“双声(枯槁・奇怪など)”、母音が同じ“疊韻(愴怳・彷徨など)”、同じ字を重ねる“重言(凄淒・濛濛など)”があります。さらに「恍惚」を「恍兮惚兮」、「茫々」を「茫然・茫如」などのように出来たりもします。

 さらに、漢賦の文学性(文章としての面白さ)は“體物瀏亮(物を像どることさらさらと溢れる水が落ちていくようで)”というところにあると思うのですが、それ以降の賦と比べて漢賦の豊かさがそこにあるような気がしています。

騒賦の連綿字

 というわけでなのですが、賦は騒賦(楚辞のこと、戦国期の楚で行われた様式)、漢賦(漢代に流行った絢爛綺繢な様式。楚辞の土着祭祀・土着信仰色を抜いて描写を濃やかにしたもの)、駢賦(六朝~唐あたりに流行った賦。漢代の賦がどこか古怪で晦渋奇邁な雰囲気だったのに比べて、より自然で優美清麗&対句を多用する文体になった賦)に分けられているので、とりあえず騒賦の例をみていきます。

雷填填兮雨冥冥、猿啾啾兮狖夜鳴。
風颯颯兮木蕭蕭、思公子兮徒離憂。

雷は填填(だらだら)として雨は冥冥(どろどろ)、猿は啾啾(ひぃひぃ)として狖は夜に鳴き、
風は颯颯(ざらざら)、木は蕭蕭(ざわざわ)、そんな中、公子を思いて徒らに憂いに離(罹る)。(『楚辞』九歌  山鬼)

 填填・冥冥・颯颯・蕭蕭などが連綿字です。それぞれ雨や雷、風、木の揺れる音などをあらわしていて、この南楚の山深い淫祀風俗と一つになった質感をあらわす為の連綿字が騒賦の魅力です(この「山鬼」は山中に棲む鬼神の周りの風景を連綿字で書いているところを引用してます。それ以外にも祭儀で降ろされた神たちの様子を「連蜷(うねうね)」「皇皇(煌々に同じ、きらきら)」と書いていたりします)。

 というわけで、騒賦では南楚風の雰囲気をあらわす為の連綿字がかなり多く出てくるけど、わりと自然な雰囲気で土着的な使い方をしています。

駢賦の連綿字

 そんなわけで、やや順序が変則的かもですが、六朝期の賦の連綿字をみてみます。『文選』の作品の中から、目についたところを引用してみます。

汎淫汜艶、霅曄岌岌。(西晋・潘岳「笙賦」)
李善注:汎淫汜艶、自放縦貌。霅曄、急疾貌。

汎淫汜艶(ぶやぶやゆらゆら)、霅曄岌岌(ひらひらぎりぎり)。(笙の音を描いて)
李善注:「汎淫汜艶」は、みずから放縦な貌。「霅曄」は疾い貌。

 汎淫汜艶は「はんいんしえん」、「霅曄」は「しょうよう」と読みます(正しくは連綿字ではないかもですが、まぁ近いものです……)。李善は「汎淫汜艶」を“みずから放縦な貌”としているけど、汎は浮かぶ、淫は水が多すぎる、汜は派生してはもどってくる水、艶はつやめきなので、八つ手に分かれて沼潭になってぬるぬると光っている水のような音色のことです(その光が放縦と云われればまぁ納得できなくもない)。

 霅は雷電の突然起こる様子、曄は光明燦爛たる様子なので、突如雷がひらりと閃くような雰囲気(急疾でも通っている感はある)、岌岌は高い山が削れたように立っていることです。李善の注は、「汎淫汜艶」は溢れるような放縦な光、「霅曄」は鋭く明滅するような雷という感じを書いているらしいです。

㶖㴸㶒瀹。(東晋・郭璞「江賦」)
李善注:皆水流漂疾之貌。

㶖㴸㶒瀹(しゅくせんさんしゃく)。
李善注:どれも水流が漂疾している様子。

「㶖㴸㶒瀹」は江の水が漂疾(さらさらと渦巻き流れる)様子です。この李善注は個人的にはかなりいい意味になっていると思っていて、㶖は儵忽(たちまち)の儵と同じ、㴸は閃爍(ひらめく)、㶒は闖入(突然入って来る)、瀹は籥(楽器の孔)のようなところに水が流れ込んで浸すことなので、さらさらと浮かび渦巻き流れて来る水の様子になっています。

 もう一つ、駢賦の例をみておきます。

其為状也、散漫交錯、氛氳蕭索。藹藹浮浮、瀌瀌弈弈。(劉宋・謝恵連「雪賦」)
李善注:王逸楚辞注曰「氛氳、盛貌。」毛詩曰「雨雪浮浮。」又曰「雨雪瀌瀌。」広雅曰「藹藹弈弈、盛貌。」

その雪の姿たるや、散漫交錯、氛氳(ふわふわとして)蕭索(ものさびしく)。藹藹(もあもあ)浮浮(ふわふわ)、瀌瀌弈弈(ぼたぼたほこほこ)として――
李善注:王逸『楚辞』注では「氛氳は、盛んな貌」としている。『詩経』小雅・角弓では「雨雪浮浮」だったり「雨雪瀌瀌」と云う例がある(なので、浮浮・瀌瀌は雨雪の盛んな様)。字書『広雅』では、「藹藹弈弈は、盛んな貌」としている。

 散漫交錯は今の日本語でも大体雰囲気は伝わります。氛氳は気が紛々薀々とあふれるような雰囲気、蕭索はものさびしく静かなこと、藹藹はもやもや、浮浮はふわふわと霙雪や雨がぼやけつような、瀌瀌は「びょうびょう」と読んで、麃は大きい鹿のことなので、ぼふぼふと降る雪、弈弈は高大美盛な様子ということで、ふわふわはらはらぼやぼやほわほわと右に斜めに左に上に雪が交錯しながら落ちてくる様子です。

 というわけで、六朝の賦ではそれなりに李善注がきれいに意訳できている感じがあります(あるいは六朝の賦が、連綿字を含む句が、大体四文字で一つの質感を書くような形になっているというか)。

漢賦の連綿字

 というわけで本題の漢賦の連綿字なのですが、まずは漢賦四大家のひとりとされている張衡の作品からみていきます。

紛翼翼以徐戾兮、焱回回其揚霊。(後漢・張衡「思玄賦」)
旧注:戾、至也。回回、光明貌。
李善注:説文曰「焱、火華也。」言光之盛如火之華。

紛として翼翼(きらきらと整えて)ゆるやかに至れば、焱を回回(ゆらゆらと渦巻かせて)その霊を揚げる。(後漢・張衡「思玄賦」)
旧注(作者不明の注):戾は、至るの意。回回は、光明たる貌。
李善注:『説文』では「焱は、火の華」としている。光の盛んなこと火の華のようなことを云う。

 張衡「思玄賦」には、作者不明の旧注がついているけど、「回回」は「明るい」というより、「光っている霊気を渦巻かせるように……」だと思うのですが、李善はあまりこういうニュアンスの違いを触れたりしないというか。まぁ、これは旧注をそのまま使ったからかもですが、もう一つそれっぽいところを。

倚招揺攝提以低佪剹流兮、察二紀五緯之綢繆遹皇。(後漢・張衡「思玄賦」)
旧注:二紀、日月也。五緯、五星也。攝提、星名。……
李善注:……剹流、繚繞也。……綢繆、連綿也。遹皇、往来貌也。

招揺攝提の二星に依って低佪して剹流すれば、二紀と五緯の綢繆遹皇するのを察する。
旧注:二紀とは日月のこと。五緯は五星(水星・金星・火星・木星・土星)。攝提は、星の名。……
李善注:……剹流は、繚繞(めぐること)。……綢繆は、連綿せること。遹皇は往来する様子。

 ……これは天界のさらに上の様子を描いたところなのですが、低佪は低くめぐること、剹流は剹(戮に同じく削り落とす)感があるので、どちらかというと天界のさらに上の切るように流れる冷たさ……という雰囲気だと思っています。さらに、綢繆が連綿はまぁ通じるかもだけど、遹皇が往来すること……については字から離れ気味というか、遹は邪僻で遵循していて回遹する感じ、皇は徨(彷徨)あるいは遑(落ち着かない)に近い字で、二紀五星の綢繆(まといつき)遹皇(ひね順う)……という雰囲気なんだろうけど、あえて皇にしているところに、それぞれの星が皇の如く大きく輝きながらめぐり従うという雰囲気を混ぜている感があります。

 これをみても、奇瓌な字をぎちぎちに詰め込んで複雑な質感をあらわそうとしている度が、騒賦や駢賦に比べてかなり上がっている印象です。さらに漢賦の例をいくつか出していきます。

其妙声、則清静厭㥷、順敘卑迖、若孝子之事父也。……故其武声、則若雷霆輘輷、佚豫以沸㥜。(前漢・王褒「洞簫賦」)
李善注:妙声、声之微妙也。厭、安静貌。……㥷、深邃也、音翳。……輘輷、大声也。『埤蒼』曰「怫㥜、不安貌。」

その妙声は、則ち清静にして厭㥷(しっとりと籠るかのようで)、順敘卑迖(するすると低く這ってきて)、孝子の父に事えるようで、……故にその武声は、雷霆の輘輷(がらがらと馳らせるようで)、佚豫(どろりと崩れてきて)沸㥜(ぞわぞわとさせて)……
李善注:妙声は、声の微妙なるもの。厭は、安静なこと。……㥷は、深邃な様子で、音は翳(えい)。……輘輷(りょうこう)は、大きい音。字書『埤蒼』では「怫㥜は不安」という。

 厭㥷はあまり見ない組み合わせだけど、「厭」は圧しつぶされるような、「㥷」は深邃というより㤲(心に差し挟む)の广版という雰囲気で、广(家室)のうちにくぐもった思いを籠らせたような……だと思うので、たぶんですが、清静にして厭㥷(圧し籠めた思いがとけているような)音がするすると低く漂ってきて(順敘卑迖)……だと思います(なので、安静にして深邃というより、もっと内にしっとりと暗く籠ったものがあるような……が近い気がする)。

 また、洞簫(笙的な楽器)の武声(激しい音)は、雷霆の輘輷するように……というのも、輘は車で轢くこと、輷は車の多いことなので、がらがらと車が来て……かもです。さらに、字書『埤蒼』では怫㥜を不安としているけど、王褒はあえて“沸㥜”としています。この“沸”字はけっこう気が利いていると個人的に思っていて、水が沸いてくるように不安な気持ちがぞわぞわと漂ってきて……的な雰囲気をわずかに加えている感があります。

 ちなみにこの句のよく似た表現で、さきにあげた西晋・潘岳の「笙賦」で

初雍容以安暇、中佛鬱以怫㥜。
初めは雍容(ゆったりとしていて)安暇で、中ほどに佛鬱として怫㥜(ぼうっと不安になって)……

というのがあるけど、ここでは「沸㥜(王褒ver)」ではなくふつうに「怫㥜」になっています。さらに潘岳のほうでは「初めは雍容にして安暇」というふうにゆったり落ち着いている感になっているところが、王褒では「雷の輘輷(がらがらと馳るごとく)佚豫(ぐったりだらだら)として沸㥜(ぼやぼやと不穏さを沸かせて)」みたいになっていて、途中に悠然とした「佚豫」が挟まるのが却って不穏さを漂わせています(佚は佚楽・佚蕩の佚、豫はゆったりだけど、不穏で崩れそうなゆったり感が、雷の合間みたいな匂いになっている)。

又似流波、泡溲汎𣶏、趨巇道兮。(前漢・王褒「洞簫賦」)
李善注:泡溲、盛多貌。汎𣶏、微小貌、又云波急之声。『方言』曰「泡、盛也。」……『埤蒼』曰「𣶏、纔有水也。」巇道、嶮巇之道。

(洞簫の音は)又た流れる波に似て、泡溲汎𣶏として、巇道に流れ込んでいく。
李善注:泡溲は、盛んで多い様子。汎𣶏は、微小な様子、あるいは波が急な音。『方言』では「泡は盛ん」としてる。……字書『埤蒼』では「𣶏は、わずかに水がある様子」と云う。巇道は、嶮巇な道のこと。

 泡溲汎𣶏(ほうそうはんしょう)は連綿字を互文にしたもので、元はたぶん「泡汎溲𣶏(ほうはんそうしょう)」の双声+双声だったのを、互文(字を互換しても意味が同じになる文のこと。互は交錯の意)にしています。「泡」は盛んというけど、「溲」は排泄・吐血・淘洗だとすると、「泡溲」でざらざらと泡を立たせている様子、「汎」は浮かぶ、「𣶏」はわずかに水がある様子というので、浅瀬に浮かぶようにさらさらと水が流れていく様子かもです。

 泡溲汎𣶏だと「ざらざらと泡立ってさらさらと薄く流れていく様子」泡汎溲𣶏だと「軽く上の方が泡立ってざらざら早く流れ落ちていく様子」みたいな感じで、微妙に質感が異なります。これをみても、漢賦の連綿字は物事の状態をあらわす形容詞というよりも、どちらかというと描写を含んだ形容詞(泡立たせながら流れていく・曲がりながら纏い付き従う)という感じがあります。

隠陰夏以中處、霐寥窲以崢嶸。(後漢・王延寿「魯霊光殿賦」)
李善注:陰夏、向北之殿也。韋仲将「景福殿賦」曰「陰夏則有望舒涼室。」亦與此同。霐寥窲・崢嶸、皆幽深之貌。

陰夏の間に入って中に居れば、霐寥窲として崢嶸たり。(後漢・王延寿「魯霊光殿賦」)
李善注:陰夏は、北向きの殿のこと。……霐寥窲・崢嶸は、皆な幽深の貌。

 霐寥窲は「こうりょうりょう」、崢嶸は「そうこう」と読みます。李善はどれも幽深な様子としているけど、それぞれ字の意味をみていくとけっこう違う気がします。まず、霐は「泓(水が深くて広い)」の雨verなので、深みのある雨雲みたいな字だと思います(この作品が書かれたときよりずっと後だけど、道教の元始天尊の名を霐とするらしいです。あと、湖や潭などの澄んだ水を数える量詞だったりします)。寥窲は、寂寥の「寥」と窲(屋が深い)なので、がらんとした高い天井、崢嶸は高峻卓越・派生して“深い崖(のような暗さ)”ということで、北向きの楼殿は、がらんと高い天井が深くて藍色の雨雲をみるような感がある、という質感だと思っています。

 音としてみると「こうりょうりょうとしてそうこう」ということで、ぼうっと吸い込まれるような質感をあらわした連綿字なのかもですが、それぞれの字をみていくと描写や比喩を兼ねるような字を好んで入れているのがみえそうです。

 漢賦のぎっしり感・濃厚感って、実はこの辺の比喩過剰・描写過剰・質感氾濫感が由来になっているとすれば、六朝期になって一つの句の中では一つの質感(汎淫汜艶はぬるぬると光っている水、㶖㴸㶒瀹はさらさらと浮かび流れる水)になっていくというところが、瓌譎奇偉な漢賦から清麗幽婉な六朝風の賦になっていく様子に重なっているというか、滑らかで平易になっていく感があります。

 ちなみにですが、唐代の賦になると、たとえば

重林合遝以斉列、崩崖磊砢而相扶。……雲峰亀甲而重聚、霞壁龍鱗而結絡。(初唐・王績「遊北山賦」)
重なる林は合遝(合わせ寄ってきて)斉しく列び、崩れた崖が磊砢(がらがら)として相い扶(支え合い)、……雲の峰は亀甲の如く重聚して、霞の壁は龍鱗のように結び絡まる。

みたいになって、合遝(合わせ寄る)・斉列(斉しく列ぶ)・亀甲而重聚(亀の甲羅のようにぎっしりと並ぶ)・龍鱗而結絡(龍の鱗のごとくきっちりと絡み合う)のように、詞性がより平坦化していて、不規則な捩じれがなくなる感があります。

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ぬぃ
占い・文学・ファッション・美術館などが好きです。 中国文学を大学院で学んだり、独特なスタイルのコーデを楽しんだり、詩を味わったり、文章書いたり……みたいな感じです。 ちなみに、太陽牡牛座、月山羊座、Asc天秤座(金星牡牛座)です。 西洋占星術のブログも書いています